それは妙な形に引き裂かれた、五六寸位の古びた 木綿絣 ( もめんがすり )でした。 けれども先方はまっすぐに近よって来、突然、霧を押しわけるようにして、源太の眼の前にあらわれ、その大きな 舳先 ( へさき )を源太の機械船の横腹へ突っかけた。

11

それを掴むと、行李は元の通りに 蓋 ( ふた )をして、かれはソッと 甲板 ( かんぱん )に忍び出るのでした。 彼は、それらの人々に 擁 ( よう )せられて、今は彼自身の 家 ( うち )であるところの、菰田邸につれて行かれる間、それから、そこの主人の居間の、彼が嘗て見たこともない様な立派な夜具の中に 横 ( よこたわ )ってからも、最初の計画を 確 ( かた )く守って、 唖者 ( あしゃ )の如く口をつぐんだまま、遂に一言も物を云おうとはしませんでした。

その姿が人見廣介と分っても、 或 ( あるい )は又、仮令菰田源三郎と見誤られても、 孰 ( いず )れにしろ彼の計画に取っては致命傷でありました。 それを彼女が彼女一人の胸に秘めていて呉れるなら、さして恐しいこともないのですが、どうして彼女が、謂わば 真実 ( ほんとう )の夫の 敵 ( かたき )、菰田家の横領者を、このままに見逃して置くものですか。

それは、あのガラスの向うに見えている、海の底の景色は、 随分 ( ずいぶん )不気味ですけれど、あなたが側にいて下さると思うと、あたし、怖くなんか、ちっともありませんわ」 彼女は、幾分あまえ気味に、彼の身近くより添って、こんな風に答えました。

net おチンチン動かしてくる 996 : Mr. 乳色であった空は、夕立雲の 黒色 ( こくしょく )に変り、百花の乱れ咲いた、なまめかしき丘々も、今は物凄い 黒入道 ( くろにゅうどう )と 聳 ( そび )え、あの騒がしい人肉の津浪も、合唱も、引潮の様に消え去って、夜目にもほの白く立昇る湯気の中には、廣介と千代子とただ二人が取残されていました。 そして、彼の身体が、玄関に 担 ( かつ )ぎ 卸 ( おろ )されるのを待兼ねて、その上にすがりつき、長い間、親戚の人達が見兼ねて、彼女を彼の身体から引離したまで、身動きもせずに泣いていました。 「おら一生、忘れねえ」助 なあこはそっと 呟 ( つぶや )いた、「どんなに年をとっても、死ぬまでも、きっと忘れねえ、きっとだ」 美しいものは毀れやすい、毀れやすいからこそ美しい、などと云うつもりはない。

7

系 大書 俳 本 B 拾て 春 ふ る 奉 加 帳 な り 人 墨 ぞめは 正月 ざに わすれつ-' 水 大 根 き ざ みて 干に. 何者か、 性急 ( せっかち )に彼の実行をせき立てるのが感じられました。 人見廣介は、幸か不幸か、以前ハルトマン、ブーシュ、ケンプナーなどいう人々の、死に関する書物を耽読したことがあって、殊に仮死の埋葬については、 可成 ( かなり )の知識を持っていたものですから、癲癇による死というものが、如何に 不確 ( ふたしか )で、生埋めの危険を伴うものだかを、よく心得ていたのです。 すると、大抵の夜は隣の部屋から、千代子の絶え入る様な忍び泣きの 気勢 ( けはい )がして、でも、それを慰める言葉もなく、彼も亦、泣き出したい気持になるのがお極りなのです。

10

今まで貧乏だった親類縁者が 忽 ( たちま )ちにして 俄分限 ( にわかぶげん )となり、みじめだった曲馬団の踊子、活動女優、女歌舞伎達は、この島では日本一の名優の様に好遇され、若い文士、画家、彫刻家、建築師達は、小さな会社の重役程の手当を受けているのです。

17
併し、この世界の美は、絶えず彼等の鼻をうっている、不思議な 薫 ( かおり )よりも、乳色に澱んでいる異様な空の色よりも、いつから始まったともなく、春の 微風 ( そよかぜ )の様に、彼等の耳を楽しませている、奇妙な音楽よりも、或は又、 千紫万紅 ( せんしばんこう )、色とりどりの花の壁よりも、その花に包まれた山々の、語り得ぬ不思議な曲線にありました 新川堀の「 臼田屋 ( うすだや )」という、雑貨と洋食屋を兼業している家の二女で、名をお さい、年は彼より二つ下だった
お さいの怒りと 罵倒 ( ばとう )を聞いて帰ると、彼は自分の中にとじこもって、ぴったりと蓋を閉めたようにみえた net ねねっちかわいいよな 960 : Mr. 彼女は丁度昔話の 浦島太郎 ( うらしまたろう )の様に、時を忘れ、家を忘れてこの国の美しさに陶酔しているのだ